大判例

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神戸地方裁判所 平成8年(行ウ)2号 判決

原告

景家臣子(X)

右訴訟代理人弁護士

川合清文

被告

芦屋市長(Y)

北村春江

右訴訟代理人弁護士

小林淑人

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  争点1について

1  法三条は、市町村は条例の定めるところにより、災害により死亡した住民の遺族に対し、災害弔慰金の支給を行うことができる旨規定し、この規定を受けた条例第三条一項は、市は市民が災害により死亡したときはその者の遺族に対し災害弔慰金の支給を行うものとする旨規定している。また、法及び条例は、支給を行う遺族の範囲(法三条二項、条例四条)及び支給金額(法三条三項、条例五条)を明確に規定している。以上のような規定に鑑みれば、右各規定の要件に該当する遺族は、災害弔慰金の給付を受ける権利を有するというべきであり、右遺族が被告に災害弔慰金の支給を請求したのに対して、被告が不支給決定をした場合、右遺族は、同決定の取消訴訟を提起する法律上の利益を有すると解するのが相当である。

2  この点につき、被告は、通達の規定を根拠に災害弔慰金は被告の裁量による行政上の措置から支給されるものであり、受給権に基づき支給されるものではないから、原告に右決定の取消訴訟を提起する法律上の利益は認められない旨主張する。

しかし、通達は、上級行政庁がその内部権限に基づき、下級行政庁に対して発する行政組織内部の命令にすぎず、市民はこれに拘束されないので、これを根拠に災害弔慰金の受給権の存在を否定することはできないから、被告の右主張は採用できない。

二  争点2について

1  当事者間に争いがない事実及び〔証拠略〕によれば以下の事実が認められる。

(一)  但は、平成六年一一月八日、腹痛の検査のため病院に入院した。但は、同日夜、胃潰瘍穿孔による汎発性腹膜炎を発症したため、翌九日緊急手術を受け、胃の三分の二を切除され、消化管洗浄及びドレナージ術を受けた。なお、但は、当時七五歳で、昭和四一年に脳梗塞、平成五年に糖尿病を患って入院したことがあり、右当時、脳梗塞の後遺症による軽い左半身不全麻痺及び言語障害があったが、日常生活には支障はなかった。

(二)  但は、術後管理のため一時集中治療室に収容された後、一旦は一般病室に移った。しかし、高齢及び糖尿病による影響から経過が悪く、同月一五日には、軽い肺合併症を患い、痰が多く、呼吸が困難という状態にあった。そして、同月二二日には、依然として呼吸困難の状態にあったうえ、意識状態も悪化したことから、再び集中治療室において治療を受けるようになった。

(三)  但は、同月二三日、左胸水及び同気管支肺炎のため呼吸状態が悪かったうえ、自力による痰の喀出も困難であったことから、呼吸管理及び痰の吸引のため、気管内挿官の施行及び人工呼吸器の装着を受けた。

また、但は、このころ、腎機能が低下し、乏尿状態に陥り、血圧のコントロールが困難となったことから、尿の排出を促すとともに血圧を保持するため、利尿剤及び昇圧剤としての効能を有するイノバン(ツルドパミ)の投与を受けた。同月二四日には、意識状態が悪化し、半昏睡の状況に陥った。

(四)  但は、同月二五日、意識状態が改善して自発呼吸が強くなり、自発呼吸のリズムと人工呼吸器のリズムが合わなくなったことから、一旦人工呼吸器が外されたが、同月二七日には、意識状態が悪化し、自発呼吸が弱くなったことから、再び人工呼吸器の装置を受けた。

(五)  但は、同年一二月二日、呼吸状態が悪く、痰の吸引も困難であたったため、気管切開による人工呼吸器の装着を受けた。また、但は、このころから、消化管出血による下血のための貧血・低蛋白血症に陥り、輸血の施行を受けるようになった。

(六)  但は、同月三日、イノバンの投与による利尿の効果が得られなかったため、腹膜灌流の施行を受けた。但は、その後も下血・無尿状態・発熱が続いたうえ、全身の浮腫が進行したことから、意識状態が悪化し、半昏睡の状態に陥り、強い刺激を与えても口をちょっと動かすか、眉をひそめる程度であった。

(七)  但は、その後も半昏睡の状態にあり、相変わらず下血が続く貧血状態で輸血の効果も上がらないうえ、無尿状態が続き、全身の浮腫もひどく、同月末には昏睡状態に陥った。

(八)  平成七年一月に入っても、但の病状は変わらず、主治医の登根は、貧血及び低蛋白血症の改善のため主として輸血による治療を行っていたが、同月一一日には血液がそのままプリン状になって肛門から出てきてしまっていると思われる状態であったことから、同月一四日には、これを中止した。

(九)  登根は、同月一一日、原告に対して、但は危篤状態にあり、病院としても打つ手が無く、いつ死亡してもおかしくないことを説明した。また、同月一二日と一四日には但に対しイノバンの投与がなされたが、効果は上がらず、登根は、同月一五日には、カルテに予後不良である旨記載し、当直医の脇坂に同日の夜の中にも但が死亡するかも知れないことを伝達した。

(一〇)  同月一七日午前五時四六分、震災が発生した。脇坂が、同日午前六時ごろ、集中治療室に駆けつけたところ、但に装着されていた人工呼吸器や自動輸液注入ポンプ等の機器、チェーン類が外れて飛び散り、薬品棚が倒れて薬品類が一面に散乱し、震災による停電のために、人工呼吸器や自動輸液注入ポンプ及び心電図等のモニター類が停止した状態であった。脇坂は、但が比較的勢いのある自発呼吸を行っていることを確認し、酸素を繋いで気道の確保を図る措置を取ったが、集中治療室が右のような状況にあったことから、ほかには何ら蘇生措置を講じなかった。

(二) 脇坂が、同日午前六時三〇分ころ、但の様子を見に集中治療室に行ったところ、但の自発呼吸は弱まっていた。脇坂は、その原因として心機能の低下が考えられたことから、心マッサージを試みた。しかし、停電により心電図モニターが停止していたため、心電図の変化を見ながら行うことができなかったことなどから、間もなくこれを中止した。

(三) 脇坂は、同日午前七時ころ、電気が復旧したため再度集中治療室の様子を見に行ったところ、但の心電図は完全に平坦になっており、瞳孔は散大していた。脇坂は、他のバイタルサインを確認したうえ、同人は既に死亡していることを確認した。

(なお、証人登根は、午前六時五〇分ころに病院に着き、但の死亡に立ち会った旨供述する。しかし、脇坂が登根は但の死亡に立ち会っていなかった旨供述していること、登根は病院に着いたときには電気は復旧していた旨供述しているが、脇坂の供述によれば電気は午前七時ころに復旧し、そのときには既に但の心電図は、平坦になっていて、直ちに但は死亡していると診断したことが認められることに照らし、証人登根の右供述は採用できない。)

2  ところで、法三条及び条例三条が「災害により死亡した市民の遺族に対し災害弔慰金を支給する」と規定している趣旨からすると、災害弔慰金が支給されるには、災害により死亡したこと、すなわち災害と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要であるというべきである。

前記1で認定した事実によれば、震災による停電により、但に装着されていた人工呼吸器や自動輸液流入ポンプが停止していたこと、震災直後の午前六時ころ、但は比較的勢いのある自発呼吸を行っていたが、三〇分後には但の自発呼吸は弱まり、これを見た当直医脇坂は、心マッサージを試みたが、停電により心電図モニターが停止していたためこれを効果的に行うことができなかったことを認めることができ、これらの事実によれば、但は震災により機器類が停止し、集中治療室が機能していなかったため、通常であれば受け得たのと同様の蘇生措置を受けることができず、そのことが但が震災発生の約一時間後という時期に死亡したことに影響している可能性は否定できない。

(なお、原告は、自動輸液注入ポンプの停止により薬剤投与ができなくなり、血圧の急激な下降等の症状が発生したと主張するが、震災時にイノバンが投与されていたかは証拠上明らかでないうえ、自動輸液注入ポンプは、輸液の調整を行い、微量に輸液する場合に使用される(〔証拠略〕)ことからすると、その機能が停止しても直ちに病状に影響するとは考えられず、本件においてもその停止により血圧の急激な下降等が発生したことを認めるに足りる証拠はない。)

しかし、但は、震災当時、消化管出血による下血が続き貧血状態にあり、この治療として行われた輸血も効果が上がらなかったため打ち切られていたうえに、腎不全による無尿状態が続き、全身の浮腫もひどく、昏睡状態にあり、病院としても打つ手がない状態であったことは前記のとおりであり、そのため、但の主治医の登根は、震災の六日前の平成七年一月一一日、原告に対して、但が右のような病状にあるため、いつ死亡してもおかしくないことを説明し、さらに、同月一五日には、カルテに予後不良である旨記載し、当直医の脇坂に同日の夜の中にも但が死亡するかも知れないことを伝達していたのであるから、但し震災当時、いつ死亡してもおかしくない状況にあり、震災がなくても数時間ないし数日のうちに死亡していたことは確実と認められる。したがって、震災があったために但が死亡したということはできず、震災と但の死亡との間に相当因果関係を認めることはでない。

もっとも、登根が作成した甲四には「今回の地震が死期に影響をおよぼしたものと考えます」、脇坂が作成した乙二には「直接死因 地震による病状の悪化」との記載がされている。しかし、〔証拠略〕によれば、甲四は、原告が市営住宅から退去しないで済むよう、震災が但の死期に影響を及ぼした旨の文書を作成して欲しいとの民生委員の要求を受けて作成されたものであることが認められるうえ、その記載自体、震災が但の死期に影響を及ぼしたというものにすぎず、震災と但の死亡との因果関係自体に関するものでないから、右書面の存在は因果関係についての前記認定を左右するものでない。また、〔証拠略〕によれば、乙二は、但の死亡から五か月以上も経過した平成七年六月ころ、災害弔慰金の支給を受けるために必要であるとの原告の要求を受けて作成されたものであるうえ、その記載内容も、単に病状的経過に悪影響を及ぼした事項にすぎない「地震による病状の悪化」を但の直接死因としている点で不自然であるから、これをもって右相当因果関係を認める根拠とすることはできない。

第四 結論

以上によれば、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 將積良子 裁判官 徳田園恵 桃崎剛)

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